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断崖の図書館

サガン鳥栖,読んだ本,秋田禎信,ラジオを中心に

2025.01.24.Fri.17:47
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2003.12.06.Sat.17:15
人間が求める神の像は,大抵,自分に都合のいい結果をもたらしてくれたり,願い事を叶えてくれる
といったものである.
そして,困った時には懸命に崇拝し,嬉しい時には忘れ,願いが受け入れられないと罵倒するような
存在である.
ここで考えるのは,神が存在するかどうか.
まず神が存在すると仮定する.
そして,それを場合分けして考えたいと思う.
 (Ⅰ)そのような意思を持たない場合.
 (Ⅱ)神話に出てくるように,人間のような意思を持っている場合.

(Ⅰ)の場合,意思をもたず,何にも左右されない,つまり自然.
人間のように間違いを犯す/犯さないの問題ではなく,起こっていることそのものがただ真実.
間違いも何もない.神が真実そのものであるのなら,従わざるをえない.
真実を変えることはできない.
願いなどで神(真実)を動かすことはできない.
こんな神を人間は望んではいない.

次に(Ⅱ)の場合.人間と同じく意思を持っているのなら,神もまたエゴイスティックだろう.
それならば,自身のことで忙しくて,人間なんかにかまってくれるわけもない.
もし僕が神なら気にはしない.
あったとしても,気まぐれや神のエゴのおまけにすぎない.
そんなものに一喜一憂せざるをえない.
人間は喜びは求めるが憂いを求めようとはしない.
これもまた人間が求めるような神ではない.

(Ⅰ)(Ⅱ)から考えると,神が存在していたとしても,人間にとってはいないと同値であろう.
つまりは,人間が求める神の存在は絶望的だ.
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